プログラムと電子工作の置き場、たまにコラム

日々のスニペットやMaker's系のプログラムを置いてきます。

ライト、ついてますか ワインバーグ追悼記事

PublicKeyで知ったのだが、G.M.ワインバーグさんが2018年8月7日この世を去ったそうだ。

彼はIT業界出身の有名なコンサルタントで特にソフトウェアエンジニアの間では高い知名度がある。

彼の著書「ライト、ついてますか―問題発見の人間学」には27、8歳の頃に出会い、30代中盤に差しかかろうとしている現在、内容を半分くらいは理解できるようになっただろうか?

しかしながら、いま確実に言えることは、問題発見、解決における自分自身の基礎の1つとなっているということだ。

手元に置いては、ふとたまに読み返したくなるし、これからもずっと参考にさせてもらう本なのだろう。

追悼の意味も込めて、私なりに咀嚼した考えをまとめてみたいと思う。

問題を解決することに魅了された人が多すぎる

特にソフトウェア開発者(およびそれに準ずる仕事への従事者)は問題を解決することに魅了されてる人が多いと思う。

ライト、ついてますかの根底を流れるテーマに、問題を解決しようとする以上に、正しく把握することのほうが重要だ。との考えがあるように理解している。

問題を解決するのが好きな人は問題が問題であるかを把握できない状況下で、それを問題にしてしまうことが多い。

しかしながらなぜそれが悪いのか?

それは、問題が真の問題ではないかもしれないことに加えて、解きたいと思えば思うほどそれが真の問題にすり変わっていくからだ。さらに悪いことに、その真ではない問題で多数の人を巻き込んでしまえば、真の問題ではないことを見抜く力が周囲にないのであれば、それが真の問題になってしまう可能性があるということだ。

ただし、多少の注意が必要かもしれない。直感的に問題だと感じたことが、真の問題であることが多いことも事実だからだ。

正しく問題の定義ができたかどうかの確信は決して得られることはないが、その確信を得ようとする努力はやめてはいけない。

他人の問題を解こうとするな

これも問題を解決することに魅了されてる人が抱える問題点の1つだ。他人の問題に首を突っ込みたくなる人は多い。

例えば同僚、上司の問題に首を突っ込みたくなった時には少し立ち止まり冷静に考えてみよう。

あなたの周りにいる人たちはきっとあなたと同じレベルの能力を持っている。あなたの周りにいる人たちの平均が今のあなたの能力だという言葉があるが、これは経験則的に正しいと考える。そのような人たちにあなたの助言はただのお節介だし、疎ましく思われる可能性すらある。

他人が自分の問題を自分で解決できる時にそれを解こうとするな。
あなたはやることがたくさんあるはずだ。自分自身のやるべきことに集中しよう。

問題解決だけが唯一の解法ではない

なぜなら問題とは、望まれた事柄と認識された事柄の相違であるから。
望まれた事柄に対する要求を落とす、もしくは現在の認識を変えることで解決となることもある。

ライト、ついてますか―問題発見の人間学を読み続ける理由

示唆に富んだアドバイスがこの他にもたくさんあるのだが、今までの話も踏まえて、私は普段以下の3つを気にかけるようにしている。

  • その問題は本当に問題なのか?
  • それは誰の問題なのか?
  • 問題を解決することが唯一の解法なのか?

これらの問いは問題の直接的な解法とはならないかもしれないが問題を把握するのに役立つ。さらに冒頭にも述べたように正しく問題を把握することは問題を正しく解決することの近道でもある。

この3つの気にかけによって、人間の間に発生する問題を多少上手く扱えるようになったように思う。さらに面白いと思うことは、問題に対する感じ方、捉え方というのは、年齢、経験を重ねる毎に違ってくるということだ。

それがこの本を定期的に読み返したくなる大きな理由なのだ。